私が観光協会長に就任して4年目ぐらいの時に農業観光だけではなく、観光事業を行おうとしてJAが取り組んだのが始まりだそうです。

最初に寒河江駅前のJA支所の調理実習室で練習を開始したのを覚えています。

また名称をどうするかでいろいろ意見があった中、松田会長が「工房」という文字を入れたいとのことで、よせ集めで寒河江そば工房となったと記憶しています。

式典には多くの会員だけではなく、歴代の素人蕎麦打ち名人の方々や東京の青山学舎の方々、茨木の遊喬塾の方々、山形県庁そばクラブの方々、それに福島会津の唐橋全麺協副会長も参加されていました。もちろん寒河江市の市長さんや商工会長さん大勢参加されていました。

20周年おめでとうございます。

 

  

美味しい料理が沢山出ました。

 

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