寒河江の流鏑馬は、鎌倉時代の武士の伝統を今に伝える行事です、寒河江の庄は鎌倉時代の源頼朝の右大臣である大江氏が寒河江に入り、中央政権に組み込まれました。寒河江八幡宮は約900年前に岩清水八幡宮の分霊として始まり、鎌倉時代に源の家臣大江氏により鎌倉の八幡宮と同様な環境にしようと、八幡が原から長岡山に遷座して今日にいたりました。当時より作試し流鏑馬として3頭の馬が3回走り、早稲か、中稲か、晩生かをうらなってきました。昭和63年に大江侯入部800年を記念して、古式流鏑馬を復活させました。

流鏑馬は、手綱をはずして、弓を引き的を射抜く必要があり、馬の扱いが上手でさらに弓を上手にあつかわなくてはならず大変難しいい技術が必要です。手綱を使わないで馬に乗ることは大変難しく、落馬する方が大変の多く危険な行事ですので、練習に練習を重ねた方のみが、実行できる素晴らしいい業です。又、馬の性格も大変大事要素になります。

2010年9月15日寒河江八幡宮例大祭99  2010年9月15日寒河江八幡宮例大祭107

的三つに全部に当たりますと、ご褒美に、騎手は京参乗りから絹一反をいただいたとの事から、現在も布一反とお酒一升をあげています。

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